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2026.01.02
相川スリーエフ
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新年にあたり、改めてLIXIL創業者 潮田健次郎氏とYKK2代目 吉田忠裕氏の日経新聞「私の履歴書」をそれぞれ読み返し、これからの建材事業を考え直してみた
TOSTEM(現LIXIL)創業者 潮田健次郎 1926年6月4日ー2011年4月13日
YKK AP・吉田忠裕氏の言葉が、いま静かに効いてくる理由
2023年の日経新聞「私の履歴書」。 吉田忠裕氏が綴った回を、私はあらためて読み返した。
YKK2代目 吉田忠裕
YKK創業者 吉田忠雄 1908-1993
YKK創業者 吉田忠雄氏 ファスナー王と呼ばれ建材事業の礎を築いた
初めて読んだときは、 「YKKという巨大企業の二代目経営者が、いかにして建材事業を立て直したか」 という物語として読んでいた。
しかし今回は違った。 業界を取り巻く環境が変わり、 建築・建材の“次のフェーズ”が、否応なく見え始めた今、 この履歴書は回顧録ではなく、現在進行形の経営テキストとして立ち上がってきた。
読み進めるうちに、 これは成功談ではない、 自慢話でもない。 むしろ 建材という、扱いづらく、割に合わず、しかし社会に不可欠な産業と、 どう折り合いをつけてきたかの記録なのだ、 という印象が強くなっていった。
養子であることを、なぜ語ったのか
この履歴書で、最初に引っかかるのは、 吉田氏が自ら「養子である」ことを、極めて淡々と語っている点である。
普通であれば、 触れなくてもよい。 あるいは、もっと婉曲に表現することもできたはずだ。
しかし、吉田氏はそこを曖昧にしなかった。
それは、 創業者・吉田忠雄氏の経営思想が、 血縁によって自動継承されるものではない という前提を、最初に読者と共有するためだったのだと思う。
善の循環
「善の巡環」 「成果の三分配」 「撤退しない経営」
これらは美しい。 しかし同時に、現場に立つ経営者にとっては、極めて重い言葉でもある。
守るだけでは、会社は前に進まない。 壊してしまえば、YKKである意味がなくなる。
この矛盾を、 血縁ではない立場から、正面で引き受けた。 その覚悟そのものが、この履歴書全体のトーンを決めている。
潮田健次郎という「もう一つの座標」
ここで、もう一人の人物を重ねておきたい。 2008年、日経新聞「私の履歴書」を綴った 潮田健次郎氏である。
潮田健次郎 綱領
潮田氏の履歴書は、 吉田氏のそれとは、文体も温度も違う。 しかし、扱っている問いは同じだ。
建材という産業を、どう現実に機能させるか。
潮田健次郎氏は、理念を語る人ではない。 彼は終始、 ・数字 ・物流 ・在庫 ・販売店 ・現場 について語る。
性善説を語らない。 カリスマも演出しない。 経営とは、泥にまみれた実務である という事実を、ひたすら積み上げていく。
吉田忠雄と潮田健次郎の決定的な違い
ここで一度、整理しておきたい。
吉田忠雄氏は、 思想をつくった人である。
潮田健次郎氏は、 現場で勝つための構造をつくった人である。
そして、 吉田忠裕氏は、 思想を現実に適合させる翻訳者である。
この三者は、対立していない。 むしろ、時間軸の異なる同一線上にいる。
・吉田忠雄:理想を掲げた ・潮田健次郎:理想を信じず、現場で勝った ・吉田忠裕:理想を壊さず、構造に落とした
この三点が揃って初めて、 建材という産業は「企業」として成立する。
YKKが受けた皮肉「ナイKK」は事故ではなく、必然だった
履歴書の中盤、 建材事業における欠品問題、 いわゆる「ナイKK」が語られる。
これは、 物流が弱かった、 ITが遅れていた、 という単純な話ではない。
建材事業は、 ファスナー事業と根本的に構造が違う。 ・一品一様 ・現場依存 ・天候依存 ・施工品質は人に依存
この「厄介さ」を、 ファスナーで成功したロジックの延長で処理しようとしたとき、 必ず歪みが出る。
吉田氏は、 欠品という結果ではなく、 その背後にある構造のズレを見ていた。
だから、 販社を統合し、 物流を再設計し、 ITに投資し、 最終的に、YKK APを独立した経営単位にした。
これは反逆ではない。 思想を生かすための、荒っぽいが誠実な翻訳だった。
LIXIL(旧トステム)は、物流にはいち早く着手していた。 常に「物」があり、欲しい時に供給できる体制を作ることにこだわった。 この強さが、当時のシェアに大きく影響した。 そのシェア争いはいまだに続いており、互いが真剣勝負を続けている。
しかし、筆者は、サッシ販売に携わる者として、これだけは言いたい。 各社はそろそろ、供給のスピードや製品で競うのは賛成だが、「価格で競うのはやめるべきだ」、ということだ。 価格競争は海外でやってもらいたい。
少なくとも国内では、人口減少、新築住宅着工数の減少により、新築向けサッシは価格を下げる必要はない。 また、既存住宅があまりに多くある中で、補助金や助成金の追い風もあり、ストック住宅への断熱窓リフォームの需要は極めて大きい。
その断熱窓を供給するメーカーの生産体制には余裕がある一方、 実測、設計、施工、アフターサポートを行う施工店の数は足りていない。
つまり、生産量と施工力のバランスは悪い。 圧倒的に施工力が不足しているのだ。
その中で価格競争が起こっている現象は、不可思議でしかない。 競争する意味がない。
儲かるビジネスにし、窓職人をはじめ関わるサッシ販売店・施工店の賃金を上げることで、 この産業に人が増え、結果としてメーカーの生産量を上げることができ、 日本の住宅環境も改善され、住む人々の健康も向上する。
ぜひ今こそ、シェア争いよりも、このことを考えてほしい。
「サッシメーカー」ではなく「窓メーカー」である、という宣言
吉田氏の 「YKK APはサッシメーカーではなく、窓メーカーである」 という定義は、業界にとって重い。
サッシは部材だ。 しかし、窓は責任の単位だ。
・ガラスは誰の責任か ・結露はどこまで保証するのか ・断熱性能は誰が説明するのか ・割れたとき、誰が最後に矢面に立つのか
窓として引き受けるとは、 逃げ道をすべて塞ぐことを意味する。
これは理想論ではない。 むしろ現場から見れば、 「面倒なメーカー」になる覚悟の表明だ。
この考えはLIXILにも浸透しており、今ではサッシではなく「窓」という言葉が主流になった。 「窓リフォーム」という言葉が、それを証明している。
ファサードという「危険だが、やめられない領域」
吉田氏は履歴書の中で、 ファサード(特殊アルミカーテンウォール)などの高難度案件に言及している。
高難度物件は、 正直に言えば、経営的には非常に扱いづらい。 ・利益が読めない ・想定外が頻発する ・人も時間も取られる
それでも、 なぜやるのか。
答えは単純だ。 技術の象徴だからである。
高難度案件は、 設計力、納まりの理解、加工精度、施工管理、現場対応力。 すべてが試される。
そして、 一度それをやり切ってしまうと、 普通の仕事では満足できなくなる。
中毒になる、という表現は、 決して誇張ではない。
重要なのは、 YKK APがこれを「趣味」にしていない点だ。
ファサードで得た知見を、 量が出る標準製品へ戻す。 この循環を、 意識的に、戦略として回している。
ここに、 メーカーとしての底力がある。
ここで、当社・相川スリーエフについても語らせていただきたい
ここまで読んで、 吉田氏、潮田氏の語る内容は、 現在、相川スリーエフが現場で直面している現実と、 驚くほど重なっていると感じた。
ゼネコンや工務店と打ち合わせを行い、積算、設計をして、メーカーから完成品を仕入れ、施工する。
それだけでは、 もはや本当の付加価値は提供できない という感覚が、年々強くなっている。
だから私たちは、 LIXILのフロントサッシに加え、 アルミカーテンウォールの製作に踏み出した。
さらに、 ドイツ・Schücoの 高性能大開口アルミサッシ、 Schücoのカーテンウォールを、 自社で製作する決断をした。
工場を持つ、という覚悟
それだけではない。 ・板金曲げ加工 ・外装ファサードパネル ・建築外皮としての表現
これらにも着手している。
そのために、 SchücoのNC加工機やオート切断マシーンをドイツ本国から輸入することを決めた。 国内メーカーのAMADAからはパンチレーザー複合機をはじめ、ベンディングマシーンやシャーリングなど、複数の最先端マシーンを導入することも決めた。
これは設備投資の話ではない。 思想の話だ。
潮田健次郎氏が語ったように、 現場と数字を分断した瞬間、 建材事業は瓦解する。
だから、 つくるところまで、引き受ける。
商流の混乱と、代理店の存在意義
LIXILが誕生したとき、 商流は一度、大きく揺れた。
TOSTEM、INAX、サンウェーブ、新日軽、東洋エクステリアが統合されたことで、 それぞれに存在していた流通店のすべてが、LIXILの流通店となったからだ。
これにより、 小規模のサッシ販売店や住設代理店は、厳しい状況に置かれた。
そして2025年、 YKK APによる パナソニック ハウジングソリューションズ事業のM&Aは、 再び住宅サッシ流通に影響を与える可能性がある。
流通は変わる。 しかし、消えないものがある。
それが、 マドリエであり、 YKK窓ショップである。
メーカーは、 この存在意義を軽視してはならない。
代理店・施工店は、 単なる販売チャネルではない。 窓を建築として成立させる、最後の責任主体だからだ。
ストックビジネスとしての住宅サッシ
相川スリーエフは、 住宅サッシについては、 断熱窓リフォームを通じた ストックビジネスを、愚直に積み上げていく。
これは流行ではない。 物理と制度が導く必然である。
一方で、 ビルサッシについては、 フロントサッシ、 カーテンウォール、 Schücoの高級サッシを、 高精度で製作し、供給する側にも回る。
それは、 現在も当社から仕入れていただけているLIXILやビルサッシ代理店だけでなく、 同じ思いを持ったマドリエメンバーに、 適正な価格で提供したい、住宅サッシ以外の武器を使った新しいビジネス展開を一緒に考えたい、 という思想に基づいている。
潮田健次郎 協働の理念
高難度案件は、中毒である
最後に、 高難度案件について触れたい。
YKK吉田氏がチャレンジするように、 相川スリーエフも高難度な案件を請け負っている。
相川スリーエフは、 建築家が設計するRC住宅を、 ゼネコンとして請け負っている。
『新建築』のような、 建築家や建築を学ぶ学生なら誰もが知る専門誌に掲載され、 いくつもの賞をいただいてきた。
正直に言えば、 利益は見えない。 苦労は多い。
それでも、やめられない。
なぜなら、当社の技術の象徴であり、 その技術こそが差異化だからだ。
施工管理が苦労し、 現場が鍛えられ、 会社の芯が露わになる。
一度それを経験すると、 中毒になる。
これは誇張ではない。 そして、筆者が生前の潮田健次郎氏から直接聞いた、現場から逃げない経営、差異化を徹底しろ、に通づる。
そして、この技術があるからこそ、 複数の建築の依頼があり、 建材事業では、難しいファサードやビルサッシの依頼もあるのだ。
読み終えて思うこと
この「私の履歴書」は、 LIXIL、YKK APの歴史であると同時に、 建材業界そのものの教科書である。
そして今、 その続きを、 私たち自身が現場で書いている。
窓は、部材ではない。 建築の性能であり、 思想であり、 技術の結晶である。
そのことを、 静かに、しかし確実に教えてくれる。
だから、この履歴書は、 いま改めて読む意味があるのだと思った。 (相川スリーエフ 相川一臣)
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